2008/04/17

恋するインポテンツ

最近やけに爽やかな内容ばかりだったので、ここらでまた「虚無の境地」の理念(無意味で無価値な戯れ言ではあるが、人間について深く考えようとした結果出てきた自分にとってはある種愛らしい戯言を記していくこと)に沿った話をしたいと思います。かなり下品と言えば下品な話題なのですが、このブログを覗いてくれている知人はほとんどそんなの気にしない人ばかりだと思いますし、たまに検索サイトからやってきてくれる人達は、そういう類の検索ワードを基にやってくる訳なので、これまた気にしないはずでしょう。

さて、実を言うと私は、慢性的EDなのです。いえ、別に医者からそう診断された訳ではないのですが、時々本気でそうなんじゃないかと思うことがあるのです。そして近頃その周期に入っているようなので、性的興奮というものを覚えることがありません。自分でかなり意識的に処理をしようと思わない限りその機会がなく、下手をすればひと月以上放置した挙げ句ウェット・ドリームとなってしまうのです。

果たしてこの原因は何でしょうか。ある調査では鬱病患者の約半数がEDを併発すると言われているそうですが、私の場合は鬱病になる前からその兆候があったような気がするので、病気が原因なのかどうかは定かではありません。おそらく加齢、外傷、糖尿病や高血圧症等の症状によるものではなく、心因性であることは間違いないと思っているのですが、はっきりしたことはわかりません。

正直に言うと、中学から高校一年ぐらいまではセックスのことばかり考えていた気がします。頭の中はとろけそうなぐらいにエロエロでした。もちろん本能的にということもありますし、理性的にも非常に興味があったのです。この欲望、この性行為によって自分がどこに行き着くのか、ということを常に考えていました。そしてそれが日々の主な悩みの一つでもありました。

ただいつからか、その問いから解放されたように感じるようになりました。と言うよりも、すっかり性への興味が失われてしまって、頭の中から消えてしまっているのです。そしてふと何かのきっかけでそのことを思い出し、びっくりするのです。以前の自分のあの大きな関心はどこへ行ってしまったのかと不思議に思うのです。

さてそこで少し考えてみると、不確かではありますが、二つ程その原因が挙げられるように思います。

まず一つ目に、私は女性に恋をしている時にはインポテンツになる気がします。本当に恋をしている時(まあこんな感覚を知ったのは割と最近になってからですが)、自然と性への関心が薄れていきます。別にプラトニック・ラブが崇高なものだと言うつもりは全くないのですが、本当に人を好きになるとその想いによって性欲がかき消されてしまうように思うのです。じゃあ、いわゆる'付き合って'いた恋人は本当に好きではなかったのかと言われると答えに窮するのですが、でも年月を経て「好き方」が変わるような気もしていて、肉体関係を持った恋人にも同じようなプラトニック・ラブを抱えていたことはあると思うのです。

私にとっての好きな人というのはしばしば憧れの対象であって、その女性に対して、またその女性の存在を前にして性欲を持つことは、その人を冒涜しているように感じてしまうのかもしれません。憧れの人をいつまでも、ある種神聖なものとしておきたいのかもしれません。別にその女性がすごく強い性欲を持っているだとか、もしくはその女性が誰かしらと性行為をしたという事実を知ったしても、何も感じないでしょうし、イメージが崩れるなんてこともないと思うのですが、私自身がそういう類の気持ちを持つことがどうしてもできないのです。

それから、最近気付いたことには、そうやって恋する人に対して性欲を持つのに抵抗がある反面、その人以外の人間に対して性欲を持つなど絶対にしたくないという気持ちもあるのです。私は普段、誰かが社会一般で言う浮気というものをしていたとしても全く責める気持ちにはならないですし、そういうことに関する問題意識が低い方だと思っているのですが、自分自身は心の中で恋する人だけを想うことでその人に対して忠実でありたいと思っているのかもしれません。随分勝手な話ですし、くだらないことではあるのですが。まあとにかく、こういう気持ちからなのか、あらゆる性欲が押さえられているように思います。

次に、EDの原因の二つ目に触れようと思います。これは実は一つ目のものと大した違いはありません。それは同じく「恋」なのですが、先程はたまたま私にとっての大きな気持ちの対象として女性を挙げただけで、その対象は女性だけではないと思うのです。まあ当然男性も対象であると言える訳ですが、それよりももっと広く、様々な物事が恋の対象になり得ます。

それは勉強だとか映画だとか音楽だとかスポーツだとか何でもいいのですが、突然恋をしたように何かに夢中になるということがあると思います。もちろん人生常にそういった時ばかりではないのですが(と言うよりそんな時はごく稀なのかもしれませんが)、毎日好奇心のような不思議なエネルギーで溢れているような時期があると思うのです。何か夢中になっていることだけで日々忙しくてしょうがないような時です。そんな時、はっきり言って性欲なんて無価値です。頭の中の一ミリも入り込んでくる余地がありません。

まあ、その夢中になる対象がたまたまセックスであれば、性欲が際限なく溢れ出てくるなんてこともあるのかもしれませんし、以前の自分はきっとそれに近い状態にあったのでしょう。ただ、現在では性行為に対してそういった強い魅力を感じることはほとんどありません。ひょっとすると今後またそういった時期が来るのかもしれませんし、そうだとすればぜひ体験してみたいとは思いますが、他の何かに夢中になっている限り、それはないでしょう。

以上が、私が考え得るEDの原因です。ただこのように理屈っぽく語ってみても、実際にこういった内容を考えた上で性欲を意識的に押さえている訳ではなくて、本当に自然に性欲をなくしているような状態なのです。したがって、果たして上に書いたようなことが本当にその原因なのかどうか、定かではありません。いったいこれは何なのでしょうか。これも心因性勃起不全と呼ぶのでしょうか。

ただ一つ言えることは、普段そのことについて忘れてしまっているため、自分の中でEDであるという意識はそれ程なく、特に悩んでもいないということです。ヘミングウェイの『日はまた昇る』は何度か読みましたが、ジェイクにある種の共感を覚えながらも、あのように戦傷を引きずる暗いインポというより、自分は今を生きる明るいインポなんじゃないかとふと思うのです。

だんだんまとまらなくなってきましたが、無理にまとめます。とにかく、今ものすごく好きな人がいるんです。また勉強も、音楽も、旅も、その他もろもろのこともやっぱり好きなんです(おそらく)。そして、それらの目標に向かっている自分さえも好きになれそうな気がするんです(きっと)。つまり、私は恋するインポなのです!

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